vol.03 早川美奈子さん 会社員 視覚障がい者

早川美奈子さんインタビュー(2)

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視覚障害のまま豊かに生きるためにできること

Q.仕事を持ち、結婚され、お子さんに恵まれてからも、本当の意味で、障害や障害を持つ自分自身を受け入れるまでには至っていなかった、という美奈子さんが、光り輝くばかりに活き活きと生きていらっしゃる今に至るまでを、伺います。

A.11年前に、初めてホームヘルパーの派遣をお願いしました。 上の子が2歳の頃で、通っていた保育園からのお知らせプリントを読んだり、提出する書類に必要事項を記入する、などの機会がとても増えていました。

 

どちらも私ひとりではできないことです。夫は毎日帰りが遅かったし、どうしてもヘルパーさんの手助けが必要でした。

 

市役所の担当者に「ヘルパーさんにどういうことをしてほしいの?」と聴かれて、「買い物や、子どもの保育園の書類の代読・代筆などです」と答えたら、「代読・代筆って、ご主人もお子さんも目が見えるでしょう」って言われて。

 

Q.お子さんは2歳でまだ字が読めないし書けないのに?!

A.そう!そんな言われ方をしても、当時の私は“頼む”という方法しか知りませんでした。 「子どもはまだ小さいし、夫は帰りが遅いので」と、何とかお願いして、週に1回3時間ホームヘルパーさんがきてくださることになりました。

 

その顛末を、「虹の会」という障害者団体のメンバーに何気なく話したんです。そうしたら、職員の人にこう言われました。

 

「そんなのおかしいよ。喜んで障害を持って生まれてきたわけじゃないんだから、障害があってできないことを、まわりの人にサポートしてもらうことは悪いことじゃないんだよ。当たり前の権利なんだよ。

 

ホームヘルパー制度は、障害者のために国が補償した制度であって、へルパーさんもボランティアではないの。ちゃんと有料で仕事として来てくれるのだから、何を遠慮することもない。 早川さんは、自分の生活を豊かにするために目の機能を補う必要があるんだから、それは堂々と頼んでいいんだよ! 一生目が見えないんだったら、目が見えないままで快適に生きていくための環境は、自分で訴えていかなきゃいけないんだよ!」って。

 

Q.それを聴いて、どう感じられたのですか?

A.驚きました。“自分で訴えていくの?“そんな生意気なことしていいの?”・・・と。

 

そうしたらさらに 「そうだよ。障害者の立場は障害者でなければわからないんだから。目が見えない人の立場は、早川さんしかわからないんだよ」

 

段々自分の意識が変わっていきました。 虹の会は、障害者が必要とする制度やサービスを行政側に要望する、という「行政交渉」を積極的に行っていました。

 

その交渉現場にも同行するようになってやり取りを聞いているうち、自分で“自分が必要としていること”を伝えていくことの大切さ、を心底実感していきました。

 

そして、およそ10年前にヘルパー制度ががらりと改正されることになり、“ここで私が、視覚障害者が必要とするヘルプ制度をどんどん伝えて新しい制度に反映してもらわないと、この先介助派遣を使っていくときに視覚障害者はまた苦労する”という想いから、すごくたくさんの要望を伝えたんです。

 

Q.どんな要望をされたんですか?

A.ヘルパーさんには、ホームヘルパーとガイドヘルパーの2種類があります。 ホームヘルパーが家の中での仕事担当、ガイドヘルパーは外に出る仕事担当です。それぞれ違う制度になっているので、ヘルプをお願いしようと思うと別々に頼む必要がありました。

 

でも私たちの生活って、家の“内だけ“”外だけ“というように限られたものじゃないですよね。 まずホームヘルパーさんにお掃除をしてもらって、“次は買い物に行きたいからガイドヘルパーさんを呼んでください”というのは現実的じゃないでしょう。

 

ガイドヘルパーさんと買い物に行って、出かけた先で代筆をしてもらいたいと思っても、それはホームヘルパーさんの仕事になってしまうんです。 だから、ホームヘルパー、ガイドヘルパー、それぞれの仕事を柔軟に、人の生活のリズムに沿ったものにしてほしい、というような要望です。

 

それから、一人暮らしの身体の不自由なおばあちゃんたちは外出できないから、ヘルパーさんがきてくれるともううれしくって、おしゃべりできることが楽しくって、せっせとお茶やお菓子を出しておもてなしをするのね。

 

でもヘルパーさんは、一切飲食をしてはいけない・トイレも使っちゃいけません!ていう決まりがあるから、せっかく出してくれたお茶も飲めないの。 おばあちゃんはがっかりしちゃいますよね。だから中には、せっかくのご好意だから・・・とお茶をいただくヘルパーさんもいたりします。

 

そこは人によるから、飲んでくれる人・一切いただかない人が出てきます。 そうすると、おばあちゃんにはまったく悪氣はないんだけれど、「○○さんはお茶を飲んでくれたのに、◇◇さんはどうして飲んでくれないんだい」って言っちゃったりします。 そうなると、○○ヘルパーは、事務所からきつくお叱りを受けてしまうんですね。

 

申請できるヘルプの時間はとても限られているんですが、その人が本当に必要としているヘルプが受けられるように、その人の障害に応じて必要とする時間数を出してあげられるように、人間らしい温かみのある制度にしてほしい、という内容の要望を、もう繰り返し繰り返し言い続けました。 今ね、さいたま市はめざましく介助制度がいいんですよ!

 

Q.どんどん要望した成果ですね

A.そう!

 

Minako Hayakawa

早川美奈子さんは、底抜けのはちきれんばかりの明るさと人を惹きつけるエネルギーの高い方です。2006年、盲導犬アリス・ご主人・中学1年生の息子さん・小学校4年生の娘さんとの生活されていました。大手スーパーで電話交換手として活躍される一方で、視覚障害者と盲導犬との生活を、小学校の総合の時間に講演する、という活動を続けていらっしゃいます。


できないことがあっていい

Q.行政交渉などの活動をしていくなかでも、自分を受け入れる、という氣持ちは育っていったんですか?

A.そうですね。行動していく中で、できないことは手伝ってもらっていいんだ、と思いました。 自分で買い物に行こうとすれば、杖をついて頑張って歩いて半日かかって疲れ果ててしまうけれど、ヘルパーさんにお願いすれば30分でサーッと行って来てもらえる。

 

そうしたら、浮いた時間は自分のため、家族のために使える。 今までは、何でもやれなくちゃいけない、がんばらなくちゃいけない、と自分のお尻を叩いていたけれど、できないことがあってもいい。 できないことがあって当たり前!

 

それは障害者だけじゃない、健常者だって同じ。走るのが得意な人もいれば、苦手な人もいる。 「障害は個性だよ」とも言われました。

 

“障害は個性だ”とは思えなかったけれど・・・・目が見えないのは不便だしやっぱりいやだったけれど、その頃受けていた「ピアカウンセリング」も、自分を受け入れる一つのきっかけになりました。

 

Q.ピアカウンセリングとは?

A.同じ背景を持つもの同士のカウンセリング。 私たちのいうピアカウンセリングは、障害を持つ仲間同士のカウンセリング、ということです。 視覚障害だけではなく、聴覚障害も、身体障害も、色々な人がいて、お互いが交代で相手のカウンセラー役になるんです。

 

このカウンセリングの中で、私自身が自分のことを、社会の中でのやっかいな存在だ、と思ってずっと追い詰めてきたことに、改めて氣づきました。

 

「何もできない人」という扱いを受けることがとても多かったから、結婚してからの家事だって完璧にした! 自分が苦しくなるほどの努力をしてきました。

 

でも、見えない分、できないことだってそりゃぁある・・・いいじゃない。 今のまんまで、いいじゃない。

 

何かをできるようになることで自分を認めさせようとか、そういうことばっかりにこだわるのはやめよう、できないことは「できません」と言って、手伝ってもらおう、という考え方になったときに、本当に楽になりました。

 

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盲導犬アリス登場!

Q.楽になったのですね

A.でもね、本当に変わったのは、盲導犬のアリスがきてからなの。

私がいっちば~んしたかったこと、“安全に気軽に外に出る”ということができるようになったから。

 

たとえば買い物ね。

 

杖をついていた頃は、買い物も子どもを連れて頑張って歩いていました。 小さかった子どもが段々しっかり歩くようになって、扉をあけてくれるようになったり、字を読めるようになると、一緒に買い物に行くととても助かったんです。 最初は「ねえねえ、一緒に買い物に行こう」っていうと、「うん、行く行く!」とついてきてくれて、お菓子を買ってあげたらもう大喜びでした。

 

でも段々意思がはっきりしてくると、「買い物に行こう」と誘っても、
「テレビを見てるから行かない」
「え?じゃぁ、チョコボール買ってあげるから行こう」

「いらない」

「え?!じゃぁポテトチップは?」

「いらない」

 

私はこの子たちを自分のガイドヘルパーにするために産んだわけじゃないってわかっているのに、すご~く頼りにしているなぁ、と悲しくなってしまいました。

 

ヨチヨチ歩きの頃は、親としてどうにかこの子たちを安全に育てよう、と、もっと胸を張って歩いていたのに、今では交代してしまったなぁと。 それにね、子どもと買い物に行くと、まわりの人から言われるんです。 「えらいわねー。お母さんを連れて歩いているの?」「いい子ね~。ママちゅれて(・・・・)歩いてるの?」って、赤ちゃん言葉で。

 

“私が連れているのよ!”って思うけれど、世の中はそうなの。出歩くと、物や人にぶつかるし、あまり親切にしてもらえないし、すごく憂鬱でした。

 

でもアリスがきてからは、行きたい時に行きたい所に、自由に行くことができます。 今や、私が出かける支度をしていると、子どもが

「どこか行くの?」

「買い物よ」

「オレも行く」

「行かなくていいよ。一緒に行くと色々買わされるから」・・・これでこそ親よね!

 

アリスのおかげで、私は子どもに依存しなくなったし、子どもは「うちのママはかっこいい」って言うの。 色々な学校に講演に行ったりして、「ママは有名人だね」って。 杖をついている頃は、子どもは子どもなりに目の見えない母親を持つことで、いじめやいやみを言われることがあったりしたみたい。 でもアリスがきてから、子どもたちも私を心配しなくて良くなりました。 仲間と笑い話で言うんだけれど、白い杖の時にこれだけ人が親切にしてくれていたら、盲導犬を欲しいとは思わなかったよねぇって。

 

盲導犬はまだ珍しい存在なのでしょう。アリスと一緒にいると、私よりアリスに興味があって、みんな近づいてきてくれるの。 「盲導犬ですね~」って。

 

そのおかげで「あ、そうです。盲導犬です。いい子なんです。ところで3番線はどっちですか?」って、ついでに聞けちゃいます。 勇氣を出して「すみません。すみません!」と声を張り上げてお願いしなくても、人のほうからどんどん寄ってきてくれる!

 

電車の中でも、「ワンちゃんが踏まれたらかわいそうだから、この席にどうぞ」って席を譲っていただくこともあるんですよ。一人で杖をついている時は一回もありませんでしたけれど。 話しかけられる内容も正反対なの。 杖のときは、「お若いのにお気の毒ねぇ、ご病気? いつから目が見えないの? ご家族は連れてきてくれないの?・・・」 聞かれることは、マイナスなことばっかりでした。

 

でもアリスといると「お利口ねぇ。一人でこうやってどこでも出歩けるの?すごいわね~。今からどこに行くの? あらすごいわ」 ほめられることがすごく多くなりました。 盲導犬は18歳からもらえるんだけれど、18歳でもらっていたら、私の人生もっともっと楽しかっただろうなぁ。

 

アリスがきてから、目が見えない、ということがそんなにいやじゃないんです。 見えるようにしてもらえるなら、喜んでしてもらうけれど、見えないことがいやでいやでしょうがない・毎日つらくてしょうがない、というのは全然ない。 私にとって、気軽に安全に外に出られる、ということがどれだけ大切なことなのか、あらためて身に沁みました。

 

もちろん犬だから、字を読んでくれるわけではないし、しょっちゅう道に迷います。 でも迷っていることが全然いやじゃない。 杖の頃は、迷ったらもう、どきどきしちゃって、緊張しちゃって、気疲れして、自宅に帰りついた時は頭痛がして大変でしたけれどね。

 

アリスと歩いています。

心底楽しい毎日

Q.アリスがいることで何が違うんですか?

A.やっぱり安全に歩けるっていうことじゃないかなぁ。

 

Q.安全に歩けて、自由に出歩けるということで、美奈子さんの内側で何が変わっているんでしょう?

A.う~ん。自分で自分を認めているんだと思います。

たとえば「△△まで来て」って言われたら、「は~い!」と二つ返事で行ける自分は、目の見える人と変わらない。 何か待ち合わせの相談をしている時、いつでも「あ、私も行く!じゃぁ、○時に△△でね」と言える自分がすごくかわいいし、いとおしい。 杖でゆっくりゆっくり歩いていた頃とは段違いに、今はたったかたったかすごい速さで、堂々と胸を張って歩けるし、何より楽しい!

 

Q.そう!すごく楽しそうなんですよね!

A.楽しいです。楽しい! 意外に思われるかもしれませんが、視覚障害者が盲導犬をもらってからの一番の悩みは、行き場所がないことなんです。 視覚障害者にとっては、ふらっとウィンドウショッピングに行っても楽しめないでしょう。

 

目的を持って出かけないと、着いた!じゃぁ帰ろうということになってしまう。それこそスーパーと自宅の往復だけだ、という盲導犬ユーザーの方もいるくらいです。 でも私の場合、学校や公民館で講演をする、という目的をいただけていることがありがたい。

 

Q.美奈子さんの講演に私も一度お邪魔しましたが、視覚障害をお持ちの方が、どんな風に盲導犬と毎日暮らしていらっしゃるのか、わかりやすく紹介されていましたね。 美奈子さんがその場できゅうりを包丁でトントントンと切って見せたら、子どもたちからワ~っと歓声があがっていたし、アリスたち盲導犬がどんな風に活躍しているかも、実際に見せていただけたのでよくわかりました。

A.世の中全般に、目の見えない人が火を使うとか、包丁を使うなんて本当にできるの?という感覚があるみたいです。娘の小学校でも、お弁当を作っていく時がありますよね。目の見えないお母さんに、お弁当が作れるのか?って先生が娘のお弁当を見に来るんだそうですよ。

 

Q.私たちが目を閉じて火を使ってください、とか包丁を使ってください、って言われたら怖いですからね。自分を基準にしてみると、俄かには信じられないのかもしれませんね。

A.そうですね。 でも講演の機会をいただいているおかげで、知らない場所まで行くのもアリスとの楽しい時間だし、行った先では子どもたちがニコニコ、わ~って言いながら話を聴いてくれて、「早川さんすごい。アリスかわいい」って感動してくれて、先生たちも「とてもいいお話が聴けました。来年も是非来てください」って、次の年も呼んでくださって。

 

今では年に50箇所以上伺っています。北海道でもどこでも行っています。 まわりの人とのつながりが、すご~く広く強くなりました。

 

Q.アリスがきて、一番大事なところに大事なエネルギーを使えるようになったんですね。

A.そうそう!そうなんです。

 

Q.今、アラジンの魔法のランプがあって、何でも願いをかなえましょうって言われたら、何をお願いしますか?

A.前だったらね、とりあえず目が見えるようになりたいって言ったと思います。 でも今はちょっと違う・・・そうだなぁ、私が行きたい場所にはどこにでも行けるようになりたい。

外国にもとても行きたいけれど、アリスと行くとなると検疫にとても時間がかかったりして、気軽にいくわけには行かないんです。

 

Q.行けるとしたら、どの国にまず行きたいですか?

A.友達のいる韓国ですね。以前交流プログラムで我が家に何人かホームステイしてくれたんです。 中国も行きたい。 色々な国に友達ができたら楽しいだろうなぁ・・色々な国の言葉がしゃべれたら楽しいだろうなぁ。 日本も全国行ってみたい。 アリスが一緒でなければいやですけど。

 

Q.アリスは美奈子さんにとって、どんな存在なんですか? 

A.う~ん、身体の一部くらいに感じていますけど・・・相棒ですね!

 

Q.相棒!いいですね~。相棒がいるって、心強いですね。 

A.はい!一人ぼっちじゃないって、すごく強氣です。

 

Q.友達だったり、アリスだったり、「つながり」というものがいつも美奈子さんを引っ張ってくれている感じですね。

A.本当にそうです。私ね、一人だったらここまでこれなかったと思います。

 

今日はたくさん聴かせていただいて、どうもありがとうございました。

アリスと一緒

アリスとのお別れ

インタビューから数ヶ月後、美奈子さんからいただいたメールの一部を紹介させていただきます。

皆さんにご報告があります。

多くの人に愛された私の盲導犬「アリス」が、6月3日にリタイアすることが決まりました。 私の人生を最高のものにしてくれた「幸せの黄色い犬」です!はい、アリスはラブラドールレトリバーのイエローなのでぇ・・・。

 

かわいいさかりの赤ちゃんアリスを1年間愛情豊かに大切に育ててくださった飼育ボランティアさん、アイメイト協会でアリスを立派なアイメイト(盲導犬)にしてくれた指導員、そして、リタイア後のアリスを引き取り大切にお世話くださる方・・・アリスに関わるすべての方々に心から感謝しています。

ありがとうございました。

 

アリスとの別れは、とても辛いけれど、私といる限り一生、盲導犬であらねばなり ません。 今は元気なアリスも、だんだんと仕事が辛くなるでしょう。

 

お互いのために今が別れの時だと覚悟し、アリスも私も新しい生活をスタートさせます。

 

私は3日にアリスと一緒に訓練所に行き、協会でお別れです。 私とアリスの最後の歩みです。 アリスは2度とハーネスを付けることはなくなり、私は、その日から2頭目の若い パートナーとの歩行指導を3週間受けることになります。

 

アリスとの生活を基盤として、さらにステップアップできるよう頑張りたいと思いま す。

 

アリス、本当にお疲れ様でした。美奈子さん、アリスとのお別れは寂しいでしょうけれど、新しい盲導犬との新しい生活で、益々輝いていってくださいね。  

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